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ロンドン・パラリンピック 義足のハイジャンパー、鈴木徹

ロンドン・パラリンピック 義足のハイジャンパー、鈴木徹
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鈴木徹は東京都内のトラックで、渡英前の最終調整を続けていた(大山実撮影)(写真:産経新聞)

 ■「感謝胸に跳び続ける」

 義足での走り高跳びで、世界で2人だけ高さ2メートルを跳ぶハイジャンパーがいる。29日(日本時間30日)開幕のロンドン・パラリンピックへ出場する鈴木徹(32)はその一人。2000年のシドニー大会から4大会連続で出場する。障害を負ったのを機に「生かされた」との思いで人生を切り開いてきた。(徳光一輝)

 山梨県のサクランボ農家に生まれ、中学、高校とハンドボールの選手だった。高3のとき国体3位になり筑波大への推薦入学が決まった。高校が禁止していた免許を取り、運転した車でガードレールに激突。右足を、ひざ下11センチを残し切断した。手術は卒業式の日だった。

 「原因は居眠り運転だった。ルールを破った報い。もう後悔する生き方はしたくないと思った」

 シドニー大会で、日本人選手として初めて競技用の義足をつけて出場し6位になった。アテネでも6位、北京は日本選手団の旗手を務め5位だった。だが障害者スポーツの認知度が低い中、競技の継続は容易ではなかった。100社以上へスポンサー契約を頼み、大阪のIT企業と年間250万円で契約できたが、同社は3カ月後に破綻した。宅配メール便の仕分けもした。現在はスポーツ用品大手、プーマジャパンの契約社員として活動している。

 妻の麻美さん(36)はあの事故のとき、運ばれた病院の看護師だった。5歳と2歳の息子に恵まれた。

 「失ったものは足だけ。それよりも、得たものがたくさんある。明るさだったり、前向きに進む姿勢だったり、人への感謝であったり…。友達も減らずに逆に増えた。やりたいことも、よりはっきりしてきた」

 昨年11月、東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市の小学校を訪ねた。「誰にも思いがけず、つらい出来事が起こることがある。僕は事故で足を失ったが、過去には戻れないし、前に進むしかない」と語りかけた。

 「子供たちは『大工になって家を建てたい』『スポーツ選手になりたい』と、やりたいことをたくさん書いてくれた。彼らもその思いを忘れずに生きていくことが、生かされたことへの恩返しになると思う」

 トップレベルの勝負ができるのは、年齢的に今回が最後になると考えている。

 「でも、自分では引退は決められない。なぜなら僕は選手として生かされているから。支えてくれる人たちが『跳べる』と思ってくれる限り、跳び続けたい」


「この記事の著作権は産経新聞 に帰属します。」



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