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<福島・広野町>「安全な古里」遠く 学校再開も8割姿なく

 本来の校舎に戻った福島県広野町の小中学校には再開初日の27日、在籍者のうち約8割の児童生徒の姿がなかった。隣のいわき市で親類宅に暮らす中学2年、島村真登(まさと)君(13)と弟2人も、約30キロ北の学校へ向かう町のスクールバスには乗らず、母智子さん(41)の車で市内の学校へ向かった。1年半近い避難生活の末、今の学校で友達もできた。一方、町の雰囲気や放射線量が「安全」には程遠い、と智子さんは感じる。古里にはまだ戻れない。【中尾卓英】

 いわき市、同県石川町、東京、埼玉県三郷市……。長男真登君と小学4年の次男泰登(たいと)君(9)、同1年の三男晃登(あきと)君(6)は原発事故後、広野町が開設した避難所や親類宅を転々とした。放射線量が毎時0・1マイクロシーベルト台に下がった昨夏、再び、いわき市へ。東京電力広野火力発電所に勤める父充さん(35)と一つ屋根の下は5カ月ぶりだった。

 昨秋の2学期から市中心部の小中学校に編入した。「おなかが痛くなったこともあったけど、新しい友達がたくさんできた」と晃登君。町が昨年10月、市内の別の小中学校で間借り授業を始めた際も「また転校があるかも」と思い、移らなかった。真登君は「軟式テニス部も勉強も楽しい」と新しい学校にすっかりなじんでいる。

 同じころ、広野町の緊急時避難準備区域は解除された。町は3月に、いわき市から町内に役場機能を戻し、除染作業も進む。だが今の町内は「異様な雰囲気だ」と子を持つ親たちは口をそろえる。昼間は除染作業員、朝夕は原発事故収束の作業員が宿泊施設やコンビニ、飲食店にあふれる。その数は町の人口約5500人に匹敵。一方で帰還した町民は440人しかいない。

 町の放射線量は毎時0.15~0.3マイクロシーベルトで、郡山市や福島市よりも低い。だが智子さんは、学校再開説明会での質疑応答が頭を離れない。身重の妻を抱える男性が「だれが安全と保証できるのか」と尋ねると、内閣府原子力災害対策本部担当者の答えは「安全だと考えています」。線量計を常に持ち歩く智子さんは思った。「『安全です』ではなかった。自分で守るしかない」。心に決めた数値に下がるまでは戻れない。

 花火大会があった今月11日、3兄弟は震災以来初めて古里に戻った。「近所に気兼ねなく思い切りサッカーができる。学校も近くにあるし、広野がいい」。25日夜には、いわき市内の町民向け仮設住宅の夏祭りで、泰登君と晃登君が広野小の旧友とじゃれあっていた。通う学校は別々でも、友達は友達だ。

 智子さんは今、昼間は町内の東電社員寮で働き、夕方にはいわき市で学習塾を開く。双方を行き来する中で考える。「震災前の広野を取り戻せるまで、町に戻る人、町外に避難した家族、みんなの決断を尊重しないといけない」


「この記事の著作権は毎日新聞 に帰属します。」

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